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「ゼロイチ」で事業を立ち上げるつもりはないけれど、会社の経営はやりたい――そんな若者のニーズに応える新しいキャリアパスが、北米を中心に人気を博しています。
1980年代にアメリカで生まれた「サーチファンド」と呼ばれる投資モデルで、意欲ある若者(サーチャー)が資金を集めて、中小企業を買収することで小規模ビジネスのオーナーとなり、経営の経験を積みながら自らと会社を成長させるというものです。
欧米ではすでにサーチャーとして成功した人たちが自分の経験と資金を元に、次世代のサーチャーを育てるという「エコシステム」まで形成されつつあります。サーチャーたちの経験から、その魅力に迫ります。
2006年にスタンフォード・ビジネス・スクールを卒業したクリス・ヘンドリクセンさんは、当時多くの同窓生が「Google」や「Facebook」に就職する中で、パートナーとサーチファンドを設立しました(『Forbes』2014年8月)。
彼は投資家から資金を集めて、「VRI」というリモートヘルスケアサービスの小規模な会社を買収し、その企業価値を5倍以上に高め、利益を獲得しました。
彼は以前、スタートアップ企業で働いた経験もありますが、「ゼロイチ」で事業を成長させるのは非常に大変だしリスクも高いと痛感。起業でなくサーチファンドを選んだ理由として、「車をつくるよりも、車を加速させるほうがいいと思ったのです」と説明しています。
一方、2014年にサーチファンド「GreenStreet Growth Management」を設立したシーナ・モルタザビさんは、卒業後にグローバルIT企業にコンサルタントとして入社しましたが、まもなく会社員生活では自分が求めていた経験や成長を得られないことに気づきました。
「強いビジネスリーダーになり、会社を成長させる経験を得るには、オーナー経営者となって結果を出すことで、スキルを発展させなければならないと思いました」(モルタザビさん)。
起業か、家業相続か、サラリーマン社長になるか――これまで経営者になる選択肢はこうしたものに限られていましたが、サーチファンドは経営意欲があり、経営に関して多くのアイデアを持つ若者たちに門戸を開きます。
一見すると、プライベートエクイティファンド(PE)やヘッジファンドなどの活動に少し似ているように思われますが、PEやヘッジファンドが「企業」に注目して、投資した企業の株価が上がれば売却して利益を出すというのに対して、サーチファンドはサーチャー、つまり「人」に投資します。
サーチャーは2~3年をかけて中小企業を探し出し、投資家の支援を受けてそれを買収し、サーチャー自身がその企業の社長となって会社を成長させます。サーチャーは成功報酬を獲得し、投資家はキャピタルゲインを得るという仕組みになっています。
サーチャー候補は、MBAでサーチファンドを学び実践してみたい人、コンサルティングや金融の世界でキャリアを積んだ人、商社や銀行で中小企業の支援を行ってきた人、会社のナンバー2、3のポジションにいて社長業にチャレンジしたい人――などさまざまです。
サーチャーに経営経験がないという点を懸念する声もありますが、サーチファンド「Pacific Lake Partners」の創始者の1人、コーレイ・アンドリューズさんは、こう言います。
「いい教育を受け、エネルギーがあって、大企業からのオファーを蹴ってまでビジネスをリードしたいという意欲がある人は、たくさんのマジカルなことが起こる環境を作り出すことができるのです」。
実際、スタンフォード大学の調査によると、サーチファンドのうち約7割が企業買収に至り、そのうち4分の3が会社を成長させ、リターンを得ることに成功しています。
サーチファンド「Pacific Lake Partners」のコーレイ・アンドリューズさんは、経験のない、若くてやる気のある優秀なサーチャーの「魔力」を信じている(写真:YouTubeより)
もちろん、サーチャーとして成功するには、数々の困難が伴います。
サーチャーはまず、経営者としての自分を売り込み、投資家の信頼を勝ち取らなければならなりません。
先ほどのモルタザビさんは、ビジネススクール卒業後6カ月間、自分を売り歩いた経験を振り返りながら、「この旅は間違いなく多くの浮き沈みがあるので、気の弱い人向けではありません」と述べています。
投資家は企業よりもサーチャーその人に投資するので、その信頼を維持するためには、投資家にリサーチの進捗状況などを報告し続ける必要もあります。
しかし、多くのサーチャーによれば、いちばん大変なのは資金集めよりも買収先の会社を見つけること。
「毎日が新しいバトルの始まりです。サーチャーは1つの企業に出会うために、2年間でとてつもない数の企業に接し、何百人もの人に会わなければなりません。それも会ってもらえればの話ですが」(アンドリューズさん)。
ヘンドリクスさんも「サーチ段階がいちばん挑戦的だった」としており、毎日多くの企業から拒絶された苦い経験を語っています。
こうした困難を乗り越えるためにヘンドリクスさんが勧めるのは、仲間を持つこと。
「パートナーを持つことは本当に重要です。うまくいったときはハイタッチをして、うまくいかなかった時は一緒にビールを飲める人。それは会社のパートナーである必要はなく、同じ困難を共有する他のサーチャーであってもいいのです」。
買収先の会社が見つかるまでの大変な局面は、サーチャー仲間と乗り越える(写真:Leon on Unsplash)
そんなサーチャーたちが「モチベーション」として口をそろえて挙げるのは、自分の仕事を自分でコントロールする醍醐味です。すべては自分の手腕にかかっているという責任感とともに「自由」を味わっている人が多いのです。
「億万長者になりたいなら起業したほうがいいし、多額のキャッシュを稼ぎたいなら銀行やヘッジファンドやPE会社に勤めたほうがいい」――投資家やCEOのアドバイザーを務めるトム・マトラックさんは、SNSでシェアした「なぜサーチファンドを始めるのか?」という記事の中でこう断言します。
そして、サーチャーの道を選んだ人たちに聞き込みをした結果、「明らかにお金以上のものがある」ことを発見しています。彼らがサーチファンドに魅力を感じる理由は、本当のリーダーシップを発揮できる環境で、会社や社会、そして自分自身に変化やインパクトをもたらせることでした。
実際、スタートアップ企業やPEからサーチファンドに転向する例も多く見られます。トム・マトラックさんによれば、スタートアップからサーチャーになった人は、サーチファンドのほうがリスクが低い点を評価。
また、PEからサーチャーに転向した人は、「(PE時代には)もっと稼げたけれど、ハッピーではなかった」とコメントしており、サーチャーになることで価値観とビジョンを共有できる仲間とともに「自分でなにかを築き上げる」喜びを味わっているといいます。
一方、サーチファンドに買収される側の会社のオーナーにとっても、サーチファンドは価値を提供しています。
中小企業には、技術力があっても経営面で課題を抱えているために伸び悩んでいるところも少なくありません。そんな企業にやる気と知識のあるサーチャーが新しい息吹を吹き込むことで、改革と成長がもたらされます。
また、中小企業には後継者問題に悩んでいるところも多く、こうした企業のオーナーが自分が認めた若者に会社を託すことができれば、安心してリタイアすることができます。
PEやヘッジファンドによる買収やM&Aでは社名が変わったり、会社のブランドが他社に吸収されてしまったり……というようなことも往々にして起こりますが、サーチャーが会社を引き取れば、代々受け継がれてきた社名や企業文化が維持しやすいという側面も評価されています。
日本では中小企業が地方経済の柱となっていることから、サーチャーになることで中小企業の価値を高め、良質な雇用を提供し、地域社会を活性化させたいという思いを持ってサーチファンドに臨む人も。
サーチファンドは「地元に帰りたい」「自然環境の豊かなところで子育てしたい」という人たちが、地方に住みながらチャレンジングな仕事に取り組むことも可能にしています。
1983年に生まれたサーチファンドは、1990年代半ば時点でも数件しか存在しませんでしたが、2010年代の成長は著しく、特に過去3年はファンド数が飛躍的に増加しています。
スタンフォード大学がアメリカ・カナダで展開する401のサーチファンドを対象に実施した「Surch Fund Study(2020年)」によると、北米では2019年、過去最高となる51のサーチファンドが設立されました。
1983年にアメリカで誕生したサーチファンドは近年急速に増えている(資料:Stanford GSB Search fund surveys)
サーチファンドの成長を見てアンドリューズさんは、「起業家タイプじゃないけれど、自分のボスになりたいと思っている人が、そのゴールに達するためのサバイバルパスを知っていることを示しています。サーチファンド・コミュニティに参入するのに、今はすごくエキサイティングな時期だと思いますよ」と述べています。
アンドリューズさんはサーチファンドの将来についても楽観的な見方。特に、ベビーブーマー世代である60~70代のオーナーが、彼らの「主要資産」である企業を売却する必要があることに注目しています。「オーナーの多くは、若き日の自分みたいな若者にビジネスを託したいと考えています。それは、まさにサーチャーなのです」。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)